2025年9月20日。
通常であれば金曜日に行う『お元氣訪問』ができず、この週は土曜日であるこの日に行いました。
一人暮らしのIさん(80代後半の女性)宅に伺い、約60分、お話を伺います。
この方に対するお元氣訪問の目標は、担当ケアマネジャーが行うシャドウワーク部分を受け取り、このケアマネが何とかして実現させてあげたいと希望するIさんの自宅以外の『居場所』つくりです。
8回目の訪問辺りから自宅に上げて頂ける様になってきました。また、10回目の訪問辺りから携帯番号を知りたいと言われ、12回目の訪問辺りから携帯電話にクレームや相談の電話がかかってくるようになりました。
ケアマネさんのシャドーワーク部分を受け取るまで、もう少しというところです。後は、私と一緒にお出かけし、自宅以外の居場所を見つける自然の歩みを行い続ける事です。
次に伺ったお宅はKさん。
写真撮影を行うことが好きなKさんですが、家に引きこもっている状況です。何とか外に出て、地域社会の方々と交流を自主的に行うようになる事が目標です。
その第1歩にする為、11月に写真の個展を行うようにしています。
これについては、Kさんのご家族、地域の方々等々も協力的で、皆さんと協働しながら前に進めているので心を弾ませながらのお元氣訪問となっています。
ことは、その日の15時に起きました。
Kさんの奥さんから電話を頂きます。
『Fさんが具合が悪いと言っているから自宅に行ってあげてください』という内容。【わかりました】と直ぐに駆けつけます。すると、汗をいっぱいかいているFさんが苦しそうに玄関まで出てきました。そして玄関でへたりこみます。
私は熱中症ではないか?と想い、救急車の手配をしながら少し塩を入れた水の準備を行い、Fさんに渡します。一氣に飲み干すためもういっぱい作り手渡した後、扇風機をあて、少しでも涼しくし救急車の得着を待ちます。そして、息子さんに連絡をし、直ぐに戻ってきて頂くようお話をします。
救急車が到着し、自宅の施錠を行い、かかりつけの病院に救急車が向かいます。
その後、息子さんから連絡を頂き、心筋梗塞の疑いがあるということで、別の病院に救急車で運ばれたとの報告を受けます。その後は、メッセージにて、無事手術が終わり、2週間くらいで自宅に戻ってこれるという報告を受け、安心をしていました。
翌日の早朝、息子さんから連絡があり、容体が急変し、亡くなったことを告げられました。
これから今日まで、何かがおかしかったのですが、ようやく今日、この事を投稿する事ができ元の氣になったと実感しています。
このFさんが、もしご近所さん達とのお付き合いをしていなければどうなっていたか?
町内会の方々は、孤独死をしていただろうと仰います。
それぞれの人にとって、幸せな人生最期とはどういう最期であろうか?
やはり、1人1人違うのであろうし、その家族によって違うのだろうと思います。
また、孤独死を覚悟している人であったとしても、その亡骸は、出来る限り早く見つけて欲しい,,そう思っているだろうと思います。

今回Fさんは、Kさんの奥さんとの繋がりがあった。Kさんの奥さんには『助けて』が言えた。
Kさんの奥さんは、基金事務局と繋がりがあったし、そこに助けてを言えた。
この『助けて』が言える繋がりが、いざという時に大きな繋がりになることが、今回、理屈ではなく腹に落ちる体験として経験をさせて頂きました。

この体験は、今後きっと、この課題について取り組んでね..というFさんからのリクエストだったと思います。
これからこういうケースが多々あると思います。その時の為に、地域の皆さまと協働し、1人もで多くの方々と繋がって、その方の幸せな人生最期を! せめて24時間以内に発見でき、対応できる仕組みを創りたい! そう決意しました。
この熱い想いを行動を移し、現実社会の仕組みとして興したい! そう想っています。




