目の前に困っている人がいる。
観て見ぬふりをする人。
どうされましたか?と聴こうとする人。
いろんな方がいる。
また、話しかけても困っていないという人もいれば、何も言わない人もいる。
0から1を生み出す。
それはどういう事なのか? 最近、そんなことを想う。
いろんな「困っている」がある。
同じ困っているが多ければ多いほど、それは社会問題だ!と解釈して良い内容だと推察できる。また困っている事例は少ないが、これは大きな社会問題だ!と推察できる問題もある。
言い換えれば、事例の数ではなく、事例の内容を観るべきだということだ。
この「社会問題だ!」をその数ではなく内容で観る場合、その問題の事の本質を観ようとする。よって、その本質を解決させる為にどうしたら良いか?にスポットを充てるため、対処療法にはならない。
これが事例の数量だけで見分けようとすると、きっと対処療法になるのだと想う。
0から1を生み出す。
ここでいうその事は、ことの本質を観て、その根本的解決を図る事を指し、その結果として0から1を生み出す。そう述べさせて頂いている。

ことの本質はどこにあるのか?
これがその本質ではないか?と特定した場合、ではそれをどうやって解決していくか?ここには相当な愛・エネルギーが必要になる。それでも〇〇の為に体当たりをする。と逃げずに向き合い、その事を解決する情熱をもって事にあたり続けることで、次第に0から0,5。0,5から1へと歩を進めることになる。
この時代、ここでいう0から1を生み出す必要がある。
『矛盾に満ちた不合理こそが、生命を燃焼させる燃料となる。この不合理を愛するとは、自己の人生に降りかかる矛盾を、すべて受け取るという事であり、それを許容する心だけが死生観を打ち立て、人生を拓くことができる。」
そう信じ抜くことで0から1が生まれる。
NPO法人志免地域支え合い互助基金を通じて志免町に貢献できるよう精進します。




